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執筆者の写真Furuya Hirotoshi

良い音とされるその定義を考える

なぜ日本と欧米では、良い音の定義が異なるのか?

ドイツ・オランダ・ベルギー周辺で出される、典型的なケーキの一例。糖分は少なく、クリームに油成分も少ないことから、ボリュームがあっても胸焼けせずに食べられる。文化の違いは、食にも顕著に現れる。

これまでコラムで様々に論じてきた、『音』という形にならない芸術の分野を説明してきましたが、私のこれまでの論調として、何故欧米と日本でここまでの違いが発生するのか?というものに集約されていると思います。 これは私がプロデューサー・エンジニアとしてアメリカ、アジア、ヨーロッパ、アフリカと世界を股にかけて受注してきたスタジオワーク、そしてピアノをヨーロッパ、アメリカ、そして日本でピアノテクニシャンとして見てきた集大成とも言える見解です。経験を基に先ず言えることとしては、日本は最も異質であり、音という分野においてはある意味飛び抜けて個性的です。通常欧米でもアジア諸国でも、そしてアフリカであっても、凡そ音のトレンドというものは大体同じで、好みや民族性があったとしても、一定のロジックに収まってくるものです。しっかりと支える低音、明瞭な各楽器の立ち位置、高音はうるさ過ぎない程度に程よくメロディーが浮き立つように、そして幅を広く取ると共に、ダイナミックレンジを出来る限り大きく取っていくというのが、最低限守らなくてはいけない世界のロジックです。そこから更に曲調に合わせ、各曲に着色を施していくというイメージなのですが、これが日本ではかなり異なるものを求められます。 例えば通常のポップスでも、先ず圧倒的に幅が狭いイメージを持ちますし、レンジも狭く作ります。楽器は一つ一つを綺麗に鳴らすというよりは、真ん中に音を集中させる感覚です。低音で支える手法は嫌われ、低・中・高音のバランスは、欧米と比べるとかなりフラットなイメージなので、楽曲の迫力というものが欠けているのですが、これで完成となることが多々あります。私に入ってくる仕事の場合は、基本的に海外にマスタリングを投げているプロデューサーが、『今回は、この人でいってみよう』ということで、海外式の音作りを求められているようなのですが、それでもやはり国内風の音作りにプラスアルファで、こちら側のセンスが加わるといった程度です。 ピアノも同じように、メーカーの違いや国民性はあるにせよ、現地で聴くピアノに共通して感じるものとしては、ハッキリとしたカラーを持ち合わせ、低音・中音・高音の役割が克明に映し出されるとともに、深い表現力から音楽を鮮明に映し出します。 一方国内のピアノはスタインウェイも合わせ、全てが均一でやはりレンジが狭く、音色の幅もありません。それとともに、フォルテ以上の音は誰が弾いても一定の音しか出ないなど、先程の楽曲制作の折にJ-POPから感じられる音作りと、共通項が幾つもあります。 これは様々な要因が考えられ、これまで多数のコラムで尺度を変化させながら、その原因を論じてきました。1つ大きな要因として掲げられるのは、日頃聴く言語に起因すると言われる説が有力かもしれません。例えば英語は1808の発音数があると言われており、それに対して日本語は280前後と言われています。英語は世界の言語の中でも相当に発音数が多いと言われていますが、しかしその英語圏が現在の音楽市場を席巻しています。また、周波数帯も英語のほうが高めで、より聴く力が必要と定義されている文献を見ることが多々あります。 これまでの私の経験から来る欧米で構成される音の違いと、国内で作られる、若しくは求められる音の違いが顕著であるという要因を、言語という括りでその原因を探ってみましたが、これはあくまで仮説であり、絶対的なものではありません。 それでは、これまでに述べてきた多用な要素を持つ『音』は、何を持ってして『良い』とされるのでしょうか?スタインウェイだから良いのでしょうか?ベーゼンドルファーだから?若しくは、世界的に著名なプロデューサーやエンジニアが施したミキシング・マスタリングだから良いのでしょうか? 日本で基本的に『良い音』と定義されるものは、その殆どが海外から持ち込まれたものを指しており、最高峰と認識されている『音』に纏わる人物や楽器も、また西洋のものを指しています。楽器も機材も、そしてアーティストやプロデューサー、エンジニアたちもその殆どが海外のものであり、それを日本人が追いかけるというスタンスに、何年経とうと何も変わりないように思えてなりません。例えば、様々な場でセミナーを務めさせて頂く私のスタジオワークは、ボストンのバークリー音楽大学で習得したものです。これもある意味、本場で教育を受け、日本へ持ち込まれた海外の技術と感性です。様々なチャンスを頂いてきたピアノ技術もしかり、日本でも学びましたが結局は海外での学びが殆なので、クライアントも海外趣向、特に現地で活躍していたというピアニストも多いですし、ジュリアード音楽院で教鞭を執られていた方は、現地のピアノディーラーに 『日本で誰に調律を頼めばいい?』 と訪ねたところ、私を紹介されたとのことで、連絡が入ったこともあります。 これらを総合するに、良い音とされるものは、やはり西洋音楽を土台としている以上、欧米に学ぶしか無いのではないかと感じています。自分が海外で学んできたから肩入れするということではなく、単に起源が欧米諸国である以上、本家本元から学ばなければならないことが、山ほどあるように思えます。先程のJ-POPの音にしても、また日本風にアレンジされたスタインウェイピアノにしても、これらは日本という土地で、1つの独特の文化として形成された特異な『音』です。 それをメーカーの名前や人物の名前で装飾されることで、しっかりと聴く能力が養われていない市場全体としては、右向け右で日本特有にアレンジされた音をも受け入れてしまっていると言わざるを得ません。 海外で学んできた経験からすれば、やはりサマースクールに似た数ヶ月の研修や、またそこから得られる人間関係というものは余り深いものではなく、どうしてもお客さん扱いで終始してしまうために、ビジネスのパートナーとして真剣勝負というものを何も経験しないが故に、上辺だけに触れる程度のものに終止してしまうというケースが見受けられます。日本が音楽、またピアノと向き合う折に何とか先方の考え方や、マニュアルを手に入れるには必要な行為だったのかもしれませんが、これだけ文化が先進国として進んできた現在では、更に奥深く物事を知る時期に突入したのではないかと感じています。 更に一例を用いると、バークリー音楽大学の教授陣というのは、凄まじいスーパースター達でした。ポール・マッカートニー、ミック・ジャガー、マイケル・ジャクソン、ヨーヨー・マを担当したプロデューサーでありエンジニアから直接指導を受けたかと思えば、次の学期にはスター・ウォーズのレコーディングエンジニア、更にはNBCやCBSニュース、アメリカン・アイドルなどのTV番組の楽曲を担当する作曲家など、もうこれ以上無いという世界最高峰の世界観というものを、バークリーでは存分に味あわせてくれました。果たしてこれが、日本の大学で可能であるのか?そもそもこうした人材を生み出し、社会の中で活躍の場を設けることが出来るのか?そして、世界の第一線で活躍してきた指導者を、更に超えるような存在を生み出せるほどの分厚い人材育成が出来るのか?そして、習う側・学ぶ側の能力も、相当に高いものである必要性があります。ですから、同級生たちも既にカナダでスター的な存在として活躍するギターリストや、ハリウッドでプロデューサー経験のある人物が普通に同じ学生として学んでいました。これら欧米が持っているリソースというものは、手が届かないほどに高いものであることは何よりも知っているつもりです。余りの大きな落差の違いに、困惑するほどのものを感じています。 また私の場合は、留学というものが所謂キャリアを積みに行くものではなく、海外の音楽市場に出るための通過点でした。そして、大学よりも遥かに高いレベルの世界の音楽市場に触れ、更に高みを求めヨーロッパーメーカーとエンドースメント契約を果たすところまで来ることが出来ました。

そして今私が1つ考える『良い音』の定義というのもは、追求であり探求に支えられるもののはずです。これまで説明してきた日本と欧米における音に対してのスタンスの違い、そして文化における深度の違い、感性の大きな違い、更にはそれらが原因となり、実際的な本国の音を日本では殆ど聴くことが出来ないが故に、価値観が大きくかけ離れてしまっていることを認め、本物の音を何処かで聴けるかもしれない期待を込めて、探し求めなければ決して良い音に辿り着くことは出来ません。日本の現状は、そこまで世界と見比べたときにはかけ離れています。

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