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執筆者の写真Furuya Hirotoshi

グランドピアノを会場に持ち込む

グランドピアノを会場に持ち込むことで、得られた自由と栄光


aiko『嘆きのキス』ミュージックビデオ。aikoにとってもオリコン初となる1位を獲得した、記念すべき楽曲となった。当社はスタインウェイ・グランドピアノの持ち込み、画角の設定など制作に参加した。

私たちの栄光の影には、とてつもないほどのトライ・アンド・エラーが背景にあります。その栄光が華々しければ華々しいほどに、影に隠れたリスクや努力というものは、想像を絶するほどのレベルで存在します。 当社が会場や撮影場所にグランドピアノを持ち込むようになったのは、所謂既成概念から発生する制限を如何に脱却するかというものでした。通常グランドピアノは、コンサートホールに置かれているものという固定概念があり、会場へ行かなければ楽曲の収録・撮影ができない、というものが前提でした。それに並行する形で、ピアノがない会場でコンサートやライブを行いたいといった潜在的な要望もあり、自分たちにとってどうすることが最も良い選択となる得るかを考える必要がありました。 さらに、何と言っても好みの音色を発するピアノ、そして必要とされる外観のピアノを用意するという必要を感じた私たちは、輸送におけるコストやリスクを最小限に抑えられるよう努力に努力を重ねることで、最も実績を有した一社へと駆け上がることとなります。 ピアノという楽器の性質上、その大きさが災いし、ピアニストたちが自らの好みのピアノというものを弾けることが非常に難しく、加えてその外観や色彩なども含めて、総合的にコンサルタントが出来る企業というものは、ほぼ皆無に等しいことに気付きます。これはどうしてもピアノという大型の楽器そのものが、工業製品としての認識が強く、楽器さらには芸術品としての立ち位置を今ひとつ与えられていないという現実が、よりトータルでのコーディネートを可能とする企業の考え方を阻むものにもなっていました。

ラルフローレン・ショーウィンドコレクションへのスタインウェイ・グランドピアノの提供。

私たちの新たな試み、そして新たな目線というものは市場で評価されました。TV撮影やコンサート、また外国人アーティストたちの大規模なツアーでも使用されるようになり、それとともに必要とされるグランドピアノの質も変化し始めます。規模が大きくなればなるほど、そして必要が大きくなればなるほどに、私たちへの負担はより色濃くなり、遂にはピアノそのものを開発する必要性にまで追い込まれます。 しかしこれを私たちは決して重荷と捉えることはありませんでした。むしろ自らの可能性を広げられるチャンスと、これ以上ない世界に挑み続けることへの情熱に満ちていたことをハッキリと記憶しています。誰もが得られるチャンスではありませんし、またその負担を超えることで、新たな境地に踏み込むことが出来ることを、非常に強く意識していたことは間違いありません。挑戦するが故の苦境、しかしその苦境を越えてこその栄光は、着実に私たちを強くし育て上げられたことは間違いありません。

婦人画報 – モデル今井美樹 ヤマハ・グランドピアノの提供。

私たちの求められるものは、単にピアノを貸し出すという行為に留まることは出来ませんでした。音色におけるクライアントからの要望は勿論のこと、撮影における画角を事前に担当者と話し合い、求められるものを逆算するという責任も果たすようになります。加えて、こちら側からのプレゼンテーションにより、ピアノが決定されることも頻繁となって行きました。 当社の仕事は、ピアノを通して最上級の美的なセンスを求められるフィールドへと進出することにもなり、モエヘネシー・ルイヴィトングループ、ラルフローレン、グッチ、メルセデス・ベンツなどのショールームにおけるプレスなどでも、当社のセンスは認められることになります。

フジサンケイグループ箱根彫刻の森美術館 – 山下洋輔 スタインウェイ・グランドピアノを提供。

さらには、ピアノのない会場でのイベントというフィールドを開発するに至ります。先の本来グランドピアノ、特にスタインウェイは会場に置かれているという常識を覆し、至高の音を美術館やイベント会場からオファーを受けるところまでに成長を果たします。 特に著名実力派アーティストを用いてのイベントでは、当社は多くの仕事を受注することに成功し、各会場で確かな歩みを進めることとなります。スタインウェイの移動というものは非常にリスキーであり、常に挑戦者という立ち位置で仕事に臨むことが殆でした。移動ゆえの安定しないピアノなど、開催者やアーティストからすれば言い訳にはならなく、常に結果を求められる厳しい現場では、洗練を更に磨き上げる必要性を感じざるを得ない経験も沢山することになります。

ウィーン・フィルハーモニー コンサートマスター(当時) ウェルナー・ヒンク

洗練に次ぐ洗練を求められた私たちに、更に求められたものは世界最高峰であることでした。ウィーン・フィルハーモニーにおける、大規模な国内ツアーを全て受注することになります。コンサートマスターから各種首席奏者、そしてフルオーケストラまでの全公演を、多くのピアノのない会場を含め、その全てを最高品質の音色で支えることを求められました。 また、美的センスの最高峰と言えるウィーンの人々は、外観における美しさや雰囲気までもを求めて来ることが多く、単にピカピカに磨き上げたグランドピアノということではなく、ピアノ内部のフェルトのカラーや品質、鉄骨のカラーなどにも注文が入る勢いでした。 しかしこれらの経験も、全て後のレベルアップへと全て引き継がれ、最高峰という名の仕事を通して知るに至った物事の経験は、私たちをさらなる高みへと誘うことになりました。

中川翔子 マジカルツアー2009

大規模なツアーを連続して支えるには、やはりノウハウが必要でした。単発の移動以上にグランドピアノへの負担は非常に大きく、途中でバックアップも含め必要とされる要素が多々あったことは間違いありません。 様々なリスクを乗り越え、そしてあらゆる要素を考えるに至り、今日までピアノの持ち込みという業務を執り行ってきました。その厚みある種々の仕事の背景には、当初掲げた『国内の音を、欧米の最高レベルまで引き上げる』という目標に何らブレずに今日に至っています。最高峰という名の世界に最初に挑むこととなった部署であり、その後音楽制作・ポストプロダクションの世界へ進出し、より高みを目指す折にも、このグランドピアノの持ち込みという大掛かりな挑戦をしてきたからこその広い視野は、確実に活かされることとなりました。 そして、ピアノ持ち込みで鍛え上げられた高みを目指す姿勢というものは、確実に私たちのDNAとして引き継がれることとなり、音楽制作の部門は欧米のアーティストやプロデューサー、レコード会社などからの受注を行うという快進撃を成し遂げるに至りました。通常日本から欧米への外注はよくあることですが、その常識を覆すセンスとノウハウは、確実にピアノ部門が培ったものと言えます。 世界最高峰の中でも、更に洗練を目指すことで、可能性をより広げるといったこのスタイルは、今後も限りなく続けて行くであろう当社のスタンスと言えるかと思います。

電通 – CM撮影

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